『恋のバン・シャガラン』シングル盤 『恋のバン・シャガラン』
シルバー
"Wham Bam (Shang-A-Lang)"
Silver
Debut 1976.6 / Peak Position 16
 今私の手元にあるのは“TOP POP SINGLES 1955-1996 (8th Edition)”... 愛好家達が師と仰ぐジョエル・ホイットバーン氏によって編纂されたこのデータブックには全米TOP100に足跡を残した無数のヒット曲が様々な形で記録されている。未だ追求してしまうそれらの記録が70年代のポップソングとリンクしている...。

 『恋のバン・シャガラン』。いかにもポップなタイトルを持つこのナンバー、実際に聴くとますますポップな印象を残す。キュンキュン響くギターのリードに導かれて始まるこの曲はウエストコースト的な押さえたボーカルから入り、リフレインのタイトルの連呼においても非常にアメリカ的なコーラスをフューチャーしリスナーを楽しませてくれた。さて演奏しているのはシルバーというグループで、結局彼らはこの曲だけをヒットチャートに送り込んで消えていった“一発屋”として記録されている。そもそもこのシルバー、カントリー畑の人達が集まって結成したグループだった。中心人物はロドニー&バトドルフというデュオで活動していたジョン・バトドルフで、メンバーには当時イーグルスに在籍していたバーニー・リードンの弟、トム・リードンがいて少し話題を集めた。彼らのファースト・アルバム「シルバー・ファースト」は日本でもウエストコーストサウンドを好む一部のファンから熱烈な評価を受けた。それにも関わらず彼らは“一発屋”として消えていってしまったのである。何を隠そう私も「シルバー・ファースト」を購入しそれなりの評価を与えた一人なのだが『恋のバン・シャガラン』がポップソングとしてあまりに出来過ぎていたために、彼らの本来の姿との間にギャップが生まれ、不幸な結末をもたらしたと思っている。それでは最後にこの曲の関連情報を補足しておく。
(1) 実際の仕上がりから考えると最高位16位というのはあまりに不当な評価だと思う
(2) キーボードを担当していたブレンド・マイドランドは後にグレイトフル・デッドのメンバーとして活躍したが90年7月、麻薬中毒で死去
(3) ドラムスを担当していたハリー・スティントンは後にショット・イン・ザ・ダークに参加した。尚、このバンドはアル・スチュアートのバックバンドから派生したグループである

 この曲がランクインした1976年6月は私が高校1年生になった頃。高校生になって再会した小学校時代の友人に誘われてクラブに入ったのが、この曲が最高位に達した10月頃か。何のクラブ? それは放送部。多くの友達が“あいつはレコードが聴けるから放送部に入ったんや”と言っていたが、真実はまさにそのとおり。授業をサボってレコードを聴いていたのもまた楽しい思い出である。
メニューおよびバックナンバーリストを表示する