ジャケ写 “Trouble”
By Sailor (Music CD)
楽曲勝負なら三大グループにも決してひけをとらない...
間違いなく英国知的ポップを背負って立ったバンドのひとつ
 英国三大知的ポップグループの紹介は前回で完了した。しかしかくなる上は勢い余ってもう一組... 今日は知る人ぞ知るセイラーの第二作品集『トラブル』をご紹介する。
 セイラーは74年にそのデビュー作品集が日本に紹介されたグループである。とりあえず当時の記憶を探ると“ニッケルオデオン”という単語が思い出される。10CCのギターアタッチメント“ギズモ”に対抗するかのようなセイラーオリジナルの楽器... らしいのだがその実体は何か?ということになると諸説紛々。当時は“古臭いオルガンのような外見だが中身はただのシンセサイザー”だというのが有力な説になっていた。それでもセイラーは翌年第二作品集をリリースする。それが今日ご紹介する『トラブル』。しかもこの作品からは2曲の全英大ヒットが生まれ密かに英国知的ポップに狙いを定めていたリスナー達が敏感に反応、一部で大きな話題を呼んだ。
 バンドの中心人物はボーカル、12弦ギター、チャランゴ(フォルクローレ音楽で使用される10弦の小型楽器)を担当するゲオルグ・カヤナス。全員曲作りが出来るようだが『トラブル』ではこの人が単独で全曲手掛けている。デビュー当時“ロシア皇太子の血を引くゲオルグ・カヤナス率いるセイラーは...”などといういい加減なプロモーションが行われ混乱を招いたが、実際はそんな大層な話ではなくエレクションなるバンドなどで地道に活動してきた人。ピアノ、ギタロン(? メキシコの楽器。ギターの大きいやつ)を担当するフィル・ピケットと組んでカヤナス/ピケット名義の作品集をリリースしたこともあるようだ。噂のニッケルオデオン担当は他にマリンバやアコーディオンも操るヘンリー・マーシュ。加えてドラムスを担当するグラント・サーペルの四人でセイラーは構成されている。
 さてオープニングは「ガールズ・ガールズ・ガールズ」。全英で大ヒットした楽曲だが、英国人が大好きな場末の酒場の喧噪が感じられる。作品集のジャケットを見てもイメージできるが久々に港に着いた船員達がめかし込んで上陸、もちろん目指すのは... バックでちゃらちゃらなっているキーボード音がニッケルオデオンか? いきなり銅鑼が鳴って始まる2曲目は「トラブル・イン・ホンコン」は独特の音階を上手く料理して聴かせる。軽いタッチの「ピープル・イン・ラブ」は、しかし哀愁のメロディが印象的である。また途中の展開はちょっとビーチ・ボーイズのような展開を見せる。作品集はチャランゴらしき音から始まりカリプソ風の展開となる「ココナッツ」、アコースティックな楽器が絡み合って東洋風のメロディを展開するインストゥルメンタル「ジャカランダ」と実に小気味良く展開する。こうやって聴くと前回紹介した10CCの「ブラディ・ツーリスト」との類似に気付くがセイラーの方がリリースが先だ。それからこのバンド、エレキギターやエレキベースを使っていないのも大変ユニーク(ベースはシンセベースと思われる)。
 後半はやはり全英で大ヒットとなった「二人のシャンペングラス」でスタート。ポピュラリティの高い作品でまさに英国知的ポップ満開の一曲。楽曲勝負ならELO、スーパートランプ、10CCにも決してひけは取らない。静かに語りかけるような「マイ・カインド・オブ・ガール」、またまた無国籍な雰囲気を漂わせる「パナマ」、効果音が入るだけでなく以降の展開も含めまるで映画のサウンドトラックみたいな「ストップ・ザ・マン」と続く万華鏡のような楽曲群はいずれも質が高い。そうこうしているうちに終曲登場。その名も「懐かしきニッケルオデオンの響き」で見せる、ほろっとくるサウンドとメロディ展開。英国知的ポップを背負って立つバンドのひとつであったことは間違いない。
 尚、この作品をプロデュースしているのはワイドスクリーン・プロダクション。その実体はルパート・ホルムズとジェフリー・レッサーだが、ルパート・ホルムズと言えばAORの名盤「パートナーズ・イン・クライム」を残した才人。セイラーが第二作にして大きくブレイクしたのも頷ける。
 でもってニッケルオデオンとは? 基本的には2台のピアノを背中合わせで貼り付け鍵盤を押すと内部に隠されたシンセサイザーの同じ音の鍵が押される他、ストリートオルガンやグロッケンシュピールが同時に鳴る仕掛けになっていた。キーを叩けばピアノとシンセとオルガンと鉄琴が同時に鳴ったような音が出る、それが“ニッケルオデオン”の真相らしい。ちなみにメンバー達曰く“調子の悪い日はイタチが入ったバグパイプが怒り狂った犬に襲われた”ような音が出るらしく、相当扱いにくい楽器だったのだろう。尚、彼らは90年代初頭にはまだ活動を続けていたがその時のニッケルオデオンは明らかに小型の電子キーボードに進化していたことが報告されている...。
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